施工実績 鶴舞中央図書館様
鶴舞中央図書館
もう35年も経つ。
寄る年波も手伝い、記憶違いやひいき目が過ぎる内容かもしれないが、この記憶こそが現場担当者のやりがいであり、空調技術者として人生の宝となると思い、ここに書き留める。
名古屋市の各区にある市立図書館をまとめる「中央」の文字を冠したこの建物は、昭和57年に全面立て替えが行われ、延床面積11,285平米の公共施設として生まれ変わった。大冷工業株式会社は空調設備の施工を担当させていただいた。
熱源の吸収式冷温水機を各系統のエアハンドリングユニットに送り、VAVによる風量制御で閲覧室や書庫を冷暖房する空調システム。これは当時先端を行く空調システムだった。
鶴舞中央図書館の工事仮囲いを横目に、
「こんな現場が担当できたら、自分も会社も自慢できるものが残せるからいいね」と話していた矢先、私は鶴舞中央図書館の担当を命ぜられた。当時、会社の工事部門を気力・施工技術両面で引っ張っていた大先輩とのチームであった。現場のことなど机上の知識としてかじった程度の青二才の私だったが、先輩が付いてくれていた安心感もあって、大型とか、先端システムとか、そんな不安感より、この現場をやってやるという意気込みが大きく、開始早々から大きな充実感を感じながら毎日を過ごしていた。
そこで印象的だった設備内容が5つほど紹介する。
- 空調用送風機と冷温水ポンプは、可変速モーター駆動
特殊な可変速モーターを専用の電源盤から駆動させており、冷温水系統ポンプの台数制御と組み合わされ、負荷の低いときの搬送動力を節減していた。 - 冷却水、冷温水管は薄肉ステンレス製の指定
通常は鉄製だが耐久性のテストケースとして導入されたようだ。施工では現地加工が制限され工場製作、現地組立を強いられ苦労したことを覚えている。 - 冷温水の二方弁や空調送風の温度制御機器であるVAVは圧縮空気駆動
応答速度を確保するため、自動制御の工事にエアー配管が含まれ、各部屋のサーモスタッドもこれを制御する特殊なものだった。 - 空調ダクトの末端、VAVから吹出口までの間は、グラスウールダクト
一般的な鉄製のダクトではなく、アルミの表面加工がしてあり、内側は硬化処理がしてあるグラスウールだけという専用材料が、図書館の静かな環境を実現するために使用された。 - 中間期の全外気運転を可能にするダクトワーク
省エネを目的として処理風量の全てを外気でまかなうダクト設備となっており、空調機回りの外気ダクトの大きさが一般的なものの数倍だった。施工図を書く側にとっては収まりの検討に多くの時間を費やす設計内容であった。
そんな設備を施工していく上で、思い出に残っているエピソードも合わせて紹介したい。
ep.1 機械室の施工図 理論と現場の差を実感
交錯しつつ幾重にも重なる機械室内のダクトは、本体の吊り込みはもとより、断熱や塗装作業のためにその間に入っていくスペースが必要だった。新米だった私は、人が入れる間隔を一般的な寸法で確保し図面を進めたものだから、大きな機械室の中は、通る人の頭すれすれの高さまでダクトで一杯になってしまった。
もちろん書き直し。
その後も参考書を片手にドラフターに向かい、書いては消し書いては消しの繰り返しで何とか書き切ったが、一般的な間隔と必要最小限の間隔を、きちんと理解できていないことによる痛い書き直しだった。
早い時期に「ここはこうせよ」と先輩から指示をもらっていれば、より短時間に施工図は描けていた。が、先輩はこの長い時間を「勉強」の為じっと我慢してくれた。感謝の言葉しかない。大きな財産をもらったと思う。その時にはそれほど意識していなかったが、人を育てることは我慢をして任せる事なのだと、頭の何処かに刷り込んでくれた貴重な体験だった。
ep.2. 設計図チェック時の疑問と答え
図書館の閲覧室の空調は静粛性が大切なポイントとなるが、可変風量とグラスウールダクトでこれを実現した。今でも珍しい仕様だと思うが、ただでさえ経験量の足りなかった私にとってはまさに手探りだった。経験を積んでいる業者さんの助けがなくては何も進められなかったことを覚えている。細かな仕様の意味を考え、聞きまくり、理解と現場が同時進行の毎日だった。 そんな中、なぜか施工図作成時に風量計算が合わない。おかしい。通常ダクト設備の施工図は、吹き出し器具の風量に見合うダクトサイズをチェックしながら進めるのだが、送風機の風量が吹き出し器具の合計風量より小さいのだ。可変風量システムであれば当たり前のことが未経験者だった私には不可解でしかなかったが、その仕組みを勉強し、理解し、不足のない施工ができた。
ep.3 冷温水ポンプ台数制御と大きめのポンプ仕様
機械室の冷温水系統は、搬送動力低減を目的としたポンプの台数制御が、系統と試運転を複雑にしていた。ここでは、台数制御の落とし穴を実感でき、いい経験を積むことができた。
本来、現場担当は不足のない設備を施工するのが役目だ。従って、少なめ小さめの選択はあまりしない。それが従来の不足のない施工を保証してきたのだから、大きめの選択は間違いでは無かったはずだ。しかし台数制御の場合は少し違っていた。設計水量より大きなポンプの選定は、台数による水量可変時の連続性を損なう結果となった。試運転時の違和感と制御系のチェックをすることでその不具合を理解することとなり、結局ポンプの吐出弁を絞り込む運転をせざるを得なくなってしまった。この経験は、大は小を兼ねるわけではないという設備施工の教訓を残してくれた。
幾つかの忘れられない思い出と同時に、自分の空調技術者としてのスキルを育ててくれた鶴舞中央図書館も竣工から35年ほどを経過した。2016年には空調熱源を中心にした更新・改修工事が私の後輩たちによって施工された。担当した彼らの中には、私が苦労していたあの時まだ産声も上げていないメンバーが多くいた。あの苦労した機械室をどうやりくりするのか、などいろいろな心配もしたが、ふと先輩の我慢を思い出し、彼らにも大いに勉強してもらった。
そして無事に竣工をさせてくれた。今後も名古屋市の図書館の中心として、長く使われ続けることを想うとうれしかった。鶴舞中央図書館での私の思い出と誇りも同じようにずっと生き続けるに違いないからだ。
2017年8月 伊藤能宣




